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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)110号 判決 29041年 5月 26日

原告

松本忠東こと

李忠東

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

被告

武蔵野税務署長

景澤正由

右指定代理人

髙木和哉

外四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が平成四年三月一二日付けで原告に対してした次の処分をいずれも取り消す。

一  昭和六三年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定のうち総所得金額を一億六七七六万五三一二円として計算した各税額を超える部分

二  平成二年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定のうち総所得金額を一五四二万五五〇四円として計算した各税額を超える部分

第二  事案の概要

一  本件は、原告の昭和六三年分及び平成二年分の各所得税について、被告が雑所得の計上漏れなどを理由に各更正をしたところ、原告が雑所得に係る収入金額の計上時期を争って右各更正の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、松本祐商事株式会社(以下「松本祐商事」という。)に貸付金(利息年七パーセントないし9.5パーセント)を有し、昭和六二年からその貸付金の利息(以下「受取利息」という。)収入を得ていたが、昭和六二年から平成二年までの間に発生した右受取利息の支払状況は、別紙一、同二ないし四の各1の①ないし③欄記載のとおりである。

また、原告は、松本祐商事が金融機関から借入れをするに際し、その借入金債務について当該金融機関に対し保証する役務を提供し、昭和六三年以降右役務の提供について松本祐商事から保証料(保証額に年一パーセントの割合を乗じて計算されたもの。)を得ていたが、昭和六三年から平成二年までの間に発生した右保証料の支払状況は、別紙二ないし四の各2の①ないし③欄記載のとおりである。

右受取利息及び保証料(以下、一括して「本件保証料等」という。)の支払金額は、貸付金額又は保証金額の変遷及び期間の経過に応じて、右各金額に前記の利率等を乗じて計算されたものであり、本件保証料等の弁済期(支払日)は当事者間において定められていなかった。

2  原告は、昭和六三年一一月二八日以降松本祐商事の取締役として勤務しているなど、事業として本件保証料等を得ていたものではないから、本件保証料等は、所得税法三五条に規定する雑所得に該当する。

3  雑所得の金額は、その年中の雑所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額であり(所得税法三五条二項二号)、右総収入金額に算入すべき金額は、「その年において収入すべき金額」であるが、(所得税法三六条一項)、所得税基本通達によると、雑所得の総収入金額の収入すべき時期は、その収入の態様に応じて、他の所得の収入金額等の収入すべき時期の取扱いに準じて判定した日とされており(同通達三六―一四)、本件保証料等については、事業所得の総収入金額の収入すべき時期の取扱いに準じることとなるところ、事業所得である金銭の貸付による利息でその年に対応するものに係る収入金額については、原則としてその年の末日を収入すべき時期とし(以下これを「発生基準」という。)、例外として、利息を天引きして貸し付けたものに係る利息以外の利息で支払日が定められていないものについて、納税者が、継続して、その支払を受けた日(同通達三六―五(1))により収入金額に計上している場合には、支払を受けた日を収入すべき時期とする(以下これを「支払日基準」という。)ことを認めることとしている(同通達三六―八(7)・以下「本件通達」という。

4  ちなみに、昭和六二年ないし平成二年までの間の本件保証料等について、右支払日基準あるいは発生基準に基づいてそれぞれ算出した場合の収入金額と原告が納税申告において計上した収入金額は、別紙、一、二ないし四の各1、2の④ないし⑥欄にそれぞれ記載されたとおりである。

5  原告は、昭和六三年分及び平成二年分(以下「係争各年分」という。)の所得税につき、別表一及び二の「確定申告」及び「修正申告」欄記載のとおり申告をしたが、被告は、平成四年三月一二日付けで、別表一及び二の「更正及び賦課決定」欄記載のとおり、各更正(以下「本件各更正」といい、右各年分の更正をそれぞれ「六三年分更正」、「二年分更正」という。)を行うとともに、過少申告加算税を賦課する旨の各決定(以下「本件各決定」といい、それぞれを「六三年分決定」、「二年分決定」という。)をした。

本件各更正及び本件各決定に対する不服申立ての経緯は、別表一及び二記載のとおりである。

三  本件各更正及び本件各決定の適法性に関する被告の主張

1  総所得金額及びその内訳

原告の係争各年分の総所得金額及びその内訳は別表三の①ないし⑥欄記載のとおりであり、雑所得の金額を除く各種所得の金額は当事者間に争いがない。

2  雑所得の金額の算定根拠

(一) 総収入金額

昭和六三年分の総収入金額は本件保証料等の同年中の発生額である三二〇六万〇九七四円(別紙二の1、2の⑥欄記載の金額)、平成二年分の総収入金額は本件保証料等の同年中の発生額である三九五六万一二六三円(別紙四の1、2の⑥欄記載の金額)である。

(二) 必要経費

昭和六三年分の必要経費は一五七一万九五三八円、平成二年分の必要経費は一〇〇六万七五四二円であり、右の各金額は当事者間に争いがない。

(三) 雑所得の金額

係争各年分の雑所得の金額は、右(一)の金額から右(二)の金額を控除して算出された金額であり、昭和六三年分が一六三四万一四三六円、平成二年分が二九四九万三七二一円である(別表三の④欄)。

3  納付すべき税額

(一) 所得税額

総所得金額(別表三の⑥欄)から当事者間に争いがない所得控除の額(別表三の⑦欄)を控除して算出した係争各年分の課税総所得金額(国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項により千円未満の端数切捨て。別表三の⑧欄)に、所得税法八九条(昭和六三年分については昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもので、昭和六三年分の所得税の臨時特例に関する法律三条適用後のもの、平成二年分については平成六年法律第一〇九号による改正前のもの)を適用して計算される原告の係争各年分の所得税額は、昭和六二年分は九四三八万一〇〇〇円、平成二年分は一二三三万八〇〇〇円である。

(二) 配当控除等の額

配当控除の額(別表三の⑩欄)及び源泉徴収税額(別表三の⑫欄)は(いずれも当事者間に争いがない。)、納付すべき税額の計算上所得税額から控除される。

(三) 納付すべき税額

右(一)の税額から右(二)の各金額を控除した納付すべき税額は、昭和六三年分が九二八四万六七〇〇円、平成二年分が一〇〇〇万六六〇〇円(通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切捨て)であるから、本件各更正はいずれも適法である。

4  過少申告加算税額

六三年分決定に係る過少申告加算税の額九六万七〇〇〇円は、六三年分更正により増加した納付すべき税額九六七万円(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切捨て)に、同法六五条一項に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した額である。

二年分決定に係る過少申告加算税の額一〇六万〇五〇〇円は、二年分更正により増加した納付すべき税額七〇七万円(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切捨て)に、同法六五条一項に基づき一〇〇分の一〇の割合を、同条二項に基づき一〇〇分の五の割合をそれぞれ乗じて算出した金額の合計である。

以上のとおり、本件各決定に係る過少申告加算税の額は、通則法の規定に従って算出されたものであるから、本件各決定はいずれも適法である。

四  争点及び争点に関する当事者の主張

(争点)

本件の争点は、係争各年分の本件保証料等について、その年において収入すべき金額を、発生基準によって計算すべきか、支払日基準によって計算すべきかの一点であり、具体的には、別紙二の2記載の昭和六三年保証料のうち平成元年になって支払われた五八〇万五〇四〇円、別紙四の1記載の平成二年受取利息のうち平成三年になって支払われた合計三九〇万〇二一七円、同2記載の平成二年保証料のうち平成三年あるいは同四年になって支払われた合計一五二〇万九六六二円が、それぞれ係争各年分の収入となるのか、あるいは実際に支払われた日の属する年分の収入となるのかが争われたものである。

(被告の主張)

1 本件保証料等は、弁済期の定めがないから、期間の経過により日々発生すると同時に弁済期が到来する債権であり、その年中に発生したと認められるものが、当該年において収入すべき権利の確定した金額として、その年における「収入すべき金額」となるというべきであって、係争各年分における収入すべき金額も発生基準によって計算すべきである。

2 原告は、本件通達に基づいて支払日基準によるべきである旨主張するが、原告は、別紙一ないし四記載のとおり、本件保証料等の納税申告に当たって支払日基準ではなく発生基準を採用していたものであるから、本件通達が支払日基準適用の前提とする「継続して支払を受けた日に収入金額を計上している」という要件を充たしていないことが明らかであり、本件保証料等に係る「収入すべき金額」は、本件通達の原則的取扱いである発生基準に基づいて計算すべきである。

なお、原告の本件保証料等に関する記帳状況を検討しても、原告が帳簿に発生基準、支払日基準のいずれによって収入金額を計上していたか判然としないばかりか、むしろ発生基準を採用していたと考えないと説明のつかない部分があり、帳簿上も原告が継続して支払日基準で収入金額を計上していたとは認め難い。

(原告の主張)

1 原告は、本件保証料等の収入を得るようになった当初から現在に至るまで、二、三の処理の誤りはあったものの、納税申告に当たり、継続して支払日基準で収入金額を計上しているから、本件通達により、本件保証料等に係る収入金額の収入すべき時期を、支払を受けた日とすることが認められるべきである。

確かに、原告は、① 平成元年一月一一日に支払のあった受取利息(昭和六三年一二月分)を昭和六三年分の収入金額として申告し、② 平成二年三月一四日に支払のあった受取利息(平成元年八月ないし同年一二月分)及び保証料(平成元年九月ないし同年一二月分)を平成元年分の収入金額として申告しているが、支払日基準に適合しない処理をしたのはこの二回だけにすぎず、このことから支払日基準での処理の継続性が欠けるとすることはできない。もともと、本件通達が、支払日基準の適用要件として「継続」を要求しているのは、納税者が恣意的に支払日基準又は発生基準を適用して税額を有利に操作することを防止することにあると解されるが、原告の右二回の誤った申告は、いずれも翌年分として申告すれば足りるものを前年に申告したにすぎず、税額を有利に操作するために行われたものでないことは明らかであるし、そもそもそのような誤った申告をしたのは、原告が申告事務を松本祐商事の事務員に処理させ、その内容を自ら点検しなかったためであって、平成三年分以降は、原告自らその内容を点検して、支払日基準に適合するように申告しているのである。

したがって、原告は、継続して支払日基準に従って申告してきたものであるから、本件保証料等に係る係争各年分における「収入すべき金額」は、右各年中に支払を受けた額となるべきである。

2 被告は、原告の帳簿には、発生基準でなければ説明ができない部分があると主張するが、商人でもない個人が作成する帳簿は、入金した事実を明らかにする程度のメモでしかなく、支払日基準とか発生基準を意識して記帳しているものではないから、商人でもない者の作成した帳簿の内容により、支払日基準又は発生基準のいずれを採用しているかを判断することは誤りである。

第三  争点に対する判断

一  所得税法三六条一項にいう「収入すべき金額」とは、収入の原因となる権利が確定した金額をいうものであり、所得税法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するといういわゆる権利確定主義を採用しているものと解される。

そこで、検討するに、貸金の利息は、元本使用の対価であって、元本が返還されるまで日々発生するものであるから、現実の支払の有無を問わず、期間の経過により直ちに利息債権は発生し、収入の原因となる権利が確定するものというべきであり、したがって、本件の受取利息については、昭和六三年及び平成二年(以下「係争各年」という。)中に発生した金額がそれぞれその年における「収入すべき金額」となるものと解すべきである。また、本件の保証料は、松本祐商事が金融機関から借入れをするに際して、原告が同社の借入金債務を当該金融機関に対して保証するという役務を提供したことにより、松本祐商事から得る収入であるところ、その額は保証に係る金額及び期間に応じて、保証金額に年一パーセントの割合を乗じて計算されるものであるから、これも、貸金の利息と同様に期間の経過により直ちに債権が発生し、収入の原因となる権利が確定するものというべきであり、したがって、本件の保証料についても、係争各年中に発生した金額がそれぞれその年における「収入すべき金額」となるものと解すべきである。

二  もっとも、本件通達は、発生基準を原則としながらも、例外的に納税者が「継続して支払を受けた日に収入金額を計上している」場合には支払日基準によることも認めるものとしており、原告は、右通達の定めるところにより、本件保証料等については支払日基準によるべきである旨主張する。

しかし、争いのない別紙一ないし四記載の本件保証料等の支払状況等に、乙第一、第二号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、

1  原告は、本件保証料等の収入を得るようになった時(受取利息については昭和六二年、保証料については昭和六三年)から、本件保証料等の収入について帳簿に記帳していたこと、

2  その受取利息に関する記帳状況をみると、① 昭和六二年分については、別紙一記載の支払年月日にそれぞれ支払があった金額を収入金額として計上していたが、昭和六三年分になると、平成元年一月一一日に支払のあった昭和六三年一二月発生分の受取利息(二一九万九七二六円)が昭和六三年一二月三一日付けで帳簿に計上され、これを含めて同年分の納税申告がされていること、② 平成元年分については、帳簿上は同年九月七日に支払われた同年一月から七月までの期間に係る受取利息だけが収入金額として計上されているが、原告は、納税申告において、平成二年三月一四日に支払のあった平成元年八月ないし一二月発生分の受取利息(三六七万一六四一円)も平成元年分の収入金額に含めて申告していること、③ 平成二年分について、平成三年一月二八日に支払のあった平成二年一〇月発生分の受取利息(一三七万一六四三円)は平成二年一〇月三一日付けで帳簿に計上されているが、同じく平成三年中に支払われた平成二年一一月及び一二月発生分の受取利息は計上されていないこと、

3  さらに保証料に関する記帳状況をみると、① 昭和六三年分については、現実の支払の日時と関係なく、同年五月、六月、九月、一二月の各末日付けで、同年中に発生した一定期間に係る各保証料がそれぞれ収入金額として計上されており、殊に昭和六三年一〇月ないし一二月発生分の保証料(五八〇万五〇四〇円)は、平成元年六月一六日に支払われているのに、帳簿には昭和六三年一二月末日付けで収入金額に計上されていること(なお、原告の昭和六三年分所得税の申告では、同年分の保証料収入は一切計上されていない。)、② 平成元年分については、帳簿上は、同年中に支払のあった同年一月から八月までの期間に係る保証料だけが収入金額に計上されているが、原告は、納税申告において、平成二年三月一四日に支払われた平成元年九月ないし一二月発生分の保証料(六六一万八六二六円・帳簿上は、平成二年の収入金額に計上されている。)を平成元年分の収入金額に含めて申告していること、③ 平成二年分については、帳簿上は、平成二年一月ないし九月発生分の保証料一八四五万五九一二円が同年九月二八日付けで収入金額に計上されているが、その中には、平成三年一月から五月までの間に支払のあった九三八万四七九六円も含まれていること、

が認められる。

右認定したところからすれば、本件保証料等に関する帳簿の記帳は、実際の支払日に収入として計上したり、あるいは月末等にそれまでに発生した一定期間分の保証料等を収入として計上したりするなど一貫した処理がされておらず、しかも、その納税申告は、少なくとも昭和六三年分の受取利息及び平成元年分の本件保証料等については、現実に支払があったかどうかではなく、発生基準に従い収入金額に計上して申告しているのであって、原告が本件保証料等について、継続して支払日基準により収入金額を計上し申告しているといえないことは明らかであるから、本件通達が支払日基準によることを認めた場合には当たらないというべきである。

三  原告は、本件保証料等につき支払日基準に適合しない申告をしたのは、二回だけであるから、これによって継続的に支払日基準による処理がされていないとすることはできない旨主張するが、原告が、その申告の前提となる帳簿自体において、本件保証料等の収入の計上につき一貫した記帳処理をしておらず、継続して支払日基準によりその収入金額を計上し申告をしていたと認められないことは、前示のとおりであって、原告の右主張は失当である。

また、原告は、支払日基準に適合しない申告部分は、いずれも翌年分として申告すれば足りるものを前年に申告したにすぎず、税額を有利に操作するためにされたものではないとか、支払日基準に適合しない申告をしたのは、原告がその申告事務を松本祐商事の事務員に処理させていたためであるなどとも主張するが、仮にそのような事情が存在するとしても、だからといって、原告が継続して支払日基準により本件保証料等の収入金額を計上していたことになるものでないことはいうまでもなく、原告の右主張は、原告が係争各年分の雑所得の収入金額の計算を支払日基準によることができる根拠となるものではない。

なお、原告は、商人でない者が作成した帳簿の内容により支払日基準を採用しているかどうかを判断することは誤りであると主張するが、本件の場合は、単に帳簿上の記載のみならず、納税申告の内容からみても、原告が継続して支払日基準を採用しているとはいえないのであって、原告の右主張も理由がない。

四  以上のとおりであるから、本件保証料等については、係争各年中に発生した金額(当該年の一月一日から一二月三一日までの期間に係る受取利息及び保証料の金額)がそれぞれその年における「収入すべき金額」となるものというべきであって、本件通達を根拠に支払日基準によってその収入金額を計算すべきであるとする原告の主張は理由がないといわざるを得ない。

第四  結論

そうすると、前記第二(事案の概要)の三掲記の当事者間に争いのない事実によれば、原告の係争各年分の総所得金額は被告主張のとおりとなり、当時施行の所得税法等に従って算出された納付すべき税額は、被告主張のとおり、昭和六三年分が九二八四万六七〇〇円、平成二年分が一〇〇〇万六六〇〇円となる。したがって、本件各更正は適法であり、本件各決定は、本件各更正によって新たに納付すべきこととなる税額に基づき、通則法に従って適法に算出された過少申告加算税を賦課するもので適法ということができる。

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官岸日出夫 裁判官德岡治)

別表〈省略〉

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